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寄稿 新しい市場メカニズムは交通分野の排出削減を促進するか? ラオスにおけるケーススタディ

三菱UFJモルガン・スタンレー証券
石井 晶子

(月刊 エネルギーフォーラム 2011年4月号)

途上国における交通分野からのCO2排出

国際エネルギー機関 (IEA) の報告によれば、2008年の交通分野からのCO2排出量は、世界の排出量の23%を占めている。特に途上国での排出量増加が著しく、今後25年間で2倍に増加することが見込まれている (グラフ参照)。交通分野からの排出削減すること、特に途上国においてその排出増加を抑えることが、地球全体の温室効果ガス削減のための喫緊の課題となっている。

クリーン開発メカニズム (CDM) は、本来、先進国が支援によって、途上国の地球温暖化緩和策 (以下、緩和策) を促進するための市場メカニズムとして、構築されたものであるが、交通分野では機能していないと言われている。実際、2011年3月11日現在で、登録されている全CDM案件2875件中、交通案件はわずか6件にとどまっている。
その理由は、 (1) 排出量削減効果の特定、およびモニタリングが困難である、 (2) 途上国では交通に関するデータが未整備で、ベースラインの特定が難しい、 (3) 事業実施のために必要な資金に対して、排出削減量が少なく、炭素クレジットによるインセンティブが低い — ことなどが考えられる。これらの問題が、交通分野をして、CDMのみならず、そのほかの気候変動関連の資金の便益を受けることを妨げている。

世界の交通分野のCO2排出量
世界の交通分野のCO<sub>2</sub>排出量
  • (出典) 国土交通省

カンクン合意とNAMA

昨年12月にメキシコ・カンクンで開催された、COP16 (気候変動枠組み条約第16回締結国会議) では、カンクン合意が採択されたが、その中で、途上国は、2020年のBAU (Business as Usual) の排出量からの抑制を目指し、緩和策を採ることが合意された。途上国の緩和策はNAMA (Nationally Appropriate Mitigation Actions) と称されている。
また、先進国は、途上国のNAMAの策定、実施のための資金、技術、キャパシティー・ビルディングで、支援を行うことも決められた。これらの合意により、途上国が自主的にNAMAを策定し、その実施のために必要な支援と、先進国が提供可能な支援をマッチングさせて、途上国の緩和策を促進させる、ボトムアップ的な取り組みが期待されている。
既に途上国43カ国が、NAMA、すなわち、削減目標と削減実施のための活動リストを国連条約事務局に提出しており、うち18カ国が交通分野における緩和策を盛り込んでいる。その多くは、交通セクターを取り組みの対象として挙げるにとどまり、具体的な対策は記されていないが、途上国において交通分野の緩和策が次第に重視されつつあり、同分野でのNAMAに対する期待が感じられる。

NAMAは交通分野の排出削減に貢献するか

現在までに登録されている交通CDMの案件タイプは、バス高速交通システム (BRT)、ケーブルカー、鉄道へのモーダルシフト、鉄道車両の効率化、バイオ燃料への転換などである。他方、交通分野に関するCDM承認方法論は11件あるが、それらはバスや鉄道などへのモーダルシフト、低排出車への転換、車両の省エネ、燃料転換という、効果の特定が比較的容易な分野に限定されている。
しかし、途上国の交通分野からの排出削減は、既に増加してしまった車両に対する技術改善対策だけでは焼け石に水であることは、明白である。バンコク、ジャカルタ、マニラのように、深刻な交通渋滞、大気汚染を抱える都市では、車両、燃料の技術改善、公共交通へのシフト促進に力を注ぐのはもちろんのこと、将来の交通増加が危惧される都市に対する早急の防止策が極めて重要である。

CDMで可能な交通対策は極めて少ない

将来の交通量増加を防止するためには、不要な移動と走行距離を防ぐための公共交通の整備、効率のよい道路網設計、さらには公共交通を中心とした都市開発や集約型都市構造の実現が必要と考えられている。また、これらインフラ整備などのハードの施策は、規制、課税、情報提供などのソフトの施策を同時に実施することなしには、その効果は十分ではない。
だが、CDMで実施可能な交通分野の緩和策は、必要とされる対策の一握りにも満たないのではないだろうか。そのことは、交通分野の多くの施策による排出削減効果の特定と定量化が困難なことが、主な原因のひとつと考えられる。NAMAとして、交通分野の緩和活動を促進し、途上国のCO2排出量削減と、低炭素社会の実現のためのインセンティブとなるためには、CDMでの課題を克服する、より多様な交通施策によるCO2排出削減効果を評価する方法が必要である。

ラオスの交通状況
ラオスの交通状況 (左・右)

ラオスの交通状況

ラオス・ビエンチャンでのケーススタディー

三菱UFJモルガン・スタンレー証券のクリーン・エネルギー・ファイナンス委員会は、このほどラオスの首都ビエンチャン市での都市交通マスタープランを対象として、ケーススタディーを実施した。ラオスは後発開発途上国 (LDC) であり、国家適応行動計画 (NAPA) の策定、および実施に優先的に取り組んでおり、国連にNAMAは提出していない。
現在のビエンチャン市の現在の交通事情は、ほかのアジア諸国の首都と比較すれば、それほど悪くはない。しかし、近年の人口増加と経済成長を背景に、車両数、交通量が急増しており、将来の交通渋滞や大気汚染が危惧されている。ラオスでは、将来の交通問題を未然に防ぐため、国際連合地域開発センター (UNCRD) の支援により、環境的に持続可能な交通 (EST) 国家戦略・アクションプランを策定している。
さらに、JICAの支援の下、ESTアクションプランの実現するため、 (1) 道路網整備、 (2) 公共交通整備、 (3) 交通管理 — の3つの基本計画で構成する「ビエンチャン都市交通マスタープラン」が策定されている。こうした状況から、前述した将来の交通増加を未然に防止する対策の事例として、われわれのケーススタディーの対象として取り上げた。

先進国の交通需要予測モデルを適用

調査では、マスタープランの計画の中に盛り込まれた事業の実施によるCO2排出削減効果の評価方法について検討を行った。マスタープランでは、BRTの導入など、比較的CO2排出削減効果が特定しやすく、既に他国でCDMとして実施されている事業も含まれているが、そのほかの道路などのインフラ整備、規制などのソフト面の施策などは、CO2排出削減に寄与する直接的な効果の特定が難しい。われわれは、CDMに見られる個々の事業による影響の特定というアプローチではなく、対象地域内の交通活動全体を対象として評価することによって、マスタープランの包括的な推進の効果を評価することが適切と考えた。
すなわち、対象地域の交通活動全体から発生するCO2排出量を、交通活動 (車両別総走行台キロ、走行速度)、車両別速度別排出係数 (gCO2/km) を基に算出。ベースラインの特定のためには、交通需要予測モデルを適用し、将来の交通需要を予測する。交通需要予測モデルは、交通計画を検討する際に、一般的に用いられている方法である。その適用とともに事業開始後に実施する交通調査や燃料販売量のモニタリングにより、検証を行い、モデルの不確実性是正の対策を講じる。モニタリングでは、断面交通量調査などの交通調査を定期的に実施することにより、地域内の交通活動の把握を行う。こうした交通調査は、その手法の技術的ノウハウと、コストが必要とされ、多くの途上国では確立されていない。だが、これらの調査はCO2排出量測定のみを目的とするのではなく、本来、交通施策の効果を検証するために必要な手段である。NAMAの支援の一環として、このようなモニタリング手法・体制構築に関する技術、資金、およびキャパシティー・ビルディングに関して、先進国からの支援が大いに期待されるところである。

低炭素社会に到達するための制度に

交通計画や都市開発は、長期的ビジョンを描き、理想とする交通システムや都市実現のために策定されるものである。実施した事業が、予想した効果を発揮しているかどうかの把握、検証、見直しを繰り返しながら、長期目標の達成を目指すべものである。個々の事業からのCO2排出量の厳密な測定にとらわれすぎて、本来の事業の目的に即さない評価のために時間と費用を要することは、全体的な効果の把握と、交通施策の本来の目的を見失うことになりかねない。また、途上国の自主的な緩和策策定の意欲も削ぐことになりかねない。
NAMAには、途上国が長期ビジョンを描き、そのために必要な施策の策定、実施、そして検証と見直しを続け、目指すべき低炭素社会に到達するためのプロセスを促進する制度となることを期待するとともに、先進国からの支援も、そのために役立つものとなることを望みたい。