河野眞一氏が語る投資展望(下) インフレ・円安・低成長の日本 資産を守るには?

2023/4/28

世界最大規模の資産運用会社である米ブラックロックの日本法人でCIO(最高投資責任者)を務めた経歴を持ち、現在はスタートアップ企業や資産運用の支援を手掛ける河野眞一さん。インタビューの2回目は、ドル・円相場や日本経済がどう動いていくのか、また激動の時代に私たちの大事な資産を守るためには何が必要なのかなどについて、お話を伺います。

【前回記事】グローカリゼーションで変わる経済構造

金利差以外の円安要因とは?

前回は、サプライチェーンの再構築によってグローカリゼーションが台頭し、世界的なインフレが続く可能性が高いとお伝えしました。それは、日本についても例外ではありません。

これまで、米国はハイペースで利上げを断行し、インフレを抑えようとしてきました。一方、日本は「アベノミクス」で本格的な経済成長に向けた時間的猶予をつくりましたが、本格成長にはなかなか結びつかず、日銀がなかなか利上げに打って出られなかったという事情があります。その結果、日米金利差の拡大を背景にドル高・円安が加速しました。

その後は資源・エネルギー価格の下落によってインフレのペースが落ちてきていることや、日銀による金利政策の変更もあり、円高に振れています。とはいえ、2022年の初めは1ドル=110円台半ばで推移していて、現在は130円台前半ですから、まだ20円近く円安の水準ではあります。

  1. 日銀は2022年12月の金融政策決定会合で大規模緩和を修正する方針を決め、事実上の利上げに踏み切りました。

世界のマネーは金利が低い通貨から高い通貨へと流れる傾向があります。2022年に急激に円安が加速したのは日米両国の金利差が1つの要因と考えており、多くのメディアも円安が加速したのは日米両国の金利差拡大が原因だと指摘していました。

しかし、金利差は円安の一部の要因にしか過ぎません。私は、日本経済の成長性の欠如が円安の根幹にあると考えています。

日本経済の停滞と経常収支の悪化も円安要因に

世界経済をけん引するGAFAM。日本でも世界的プラットフォーマーの台頭が待たれる(画像=Koshiro/stock.adobe.com)

先ほど、「アベノミクスで時間的な猶予をつくった」と述べました。アベノミクス下では円安と株高が進み、日本企業には本格的な成長を遂げる時間的な猶予が与えられたわけです。米国はGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)など、世界全体をけん引するような企業を数多く生み出すことに成功しました。

一方、日本は世界的なプラットフォーマーになるような企業を育てることができておらず、経常収支(貿易・サービス収支に、利子・配当金などの収支である第一次所得収支と、無償資金援助などの第二次所得収支を合計した国際収支統計の1つ)も悪化傾向にあります。

2022年4月から9月までの経常収支は4兆8,458億円の黒字でしたが、前年同期から7兆円近く黒字額が縮小しました。経常収支が黒字であることは、かつて「有事の円高」などと呼ばれていたように、日本円の強さのよりどころの1つになっていましたが、このまま日本の経済成長が停滞すると、経常収支は赤字に転落する可能性があります。そして、経常収支の悪化は円安の要因になると考えています。

2022年は日米金利差の拡大が円安につながりました。今後は、日本経済の停滞と経常収支の悪化が円安の材料として注目されることになりそうです。

2022年は資源・エネルギー資源価格そのものが上昇しているところに円安が加わり、景気に悪い影響を与えました。いわゆる、「悪い円安」です。日本も米国と同じように、コロナ禍に大規模な財政出動を行うことで経済成長を促し、消費拡大、賃金上昇という好循環をつくるべきだったと考えています。しかし、日本はそうしていません。岸田文雄首相が財政均衡を目指すスタンスであることを考えると、いまのところ需要喚起を目的とした大規模な財政出動に打って出る可能性は低いと考えています。

また、日銀の黒田東彦総裁は、2023年4月に任期満了を迎えます。後任の総裁は、インフレ抑制策を取る必要がある半面、量的金融緩和でばら撒いてきた資金の出口政策も考えなければならず、非常に難しいかじ取りが求められるに違いありません。とはいえ、どのような金融政策を取ったとしても、日本が本格的な経済成長を遂げない限り、長期的には円安傾向が続くと考えています。

「長期」「海外(国際)」「分散」投資で危機を乗り越える

サプライチェーン再構築による物価上昇や円安によるエネルギー価格の上昇が続くと、日本は近い将来、厳しい時代を迎えることになります。インフレによって生活コストが上がり、生活は厳しくなるでしょう。仕事に精を出し、給料を上げることができれば、その苦境を乗り越えることができるかもしれませんが、残念ながら、日本は賃金が上昇しづらい状況が続いています。

その苦境に対して手をこまねくばかりで対処をしないと、その危機を乗り越えることはできないでしょう。危機を乗り越え、資産を守るには、収入そのものを上げる以外は「投資」しかありません。それも短期で値幅を取る「投機」ではなく、長期的な視点から国内だけではなく海外の複数の通貨・資産に分散した「投資」が必要です。

「長期」「海外(国際)」「分散」。この3つの視点に基づいた投資を行うことで、将来のリスクを抑え、安定的かつ長期的に資産をふやすことが可能になると考えています。

年金基金の運用スタンスもこうした視点で投資を行っている基金が多くあります。一般的な年金基金の運用では、「長期」「海外(国際)」「分散」に基づき運用方針を策定し、急激なインフレなどによって情勢が変化しても、受取る年金の実質的な価値が変わらないようにポートフォリオを構築しています。

代表的な年金基金の運用では、資産を「国内債券」「国内株式」「外国債券」「外国株式」の4つに分け、基本的には各アセットに対して25%ずつ均等に投資しているものがあります。仮に、株式相場が大きく上昇し、保有資産に占める株式の割合が大きくなった場合、株式を売って債券を買うリバランスを行います。

問題は、株式は国内、海外ともに債券に比べてハイリスクなアセットであるため、ポートフォリオ全体のリスクが高くなってしまっていること。これだと、株式相場で何らかのショック安が発生した場合、資産の多くを失ってしまいかねません。

ポートフォリオ内のリスクを均一にする

すでに資産運用をしている方であれば、「長期的な資産運用には国際分散投資が必要」という話を耳にされたことがあるでしょう。しかし、ただ闇雲に分散して投資をするだけでは、資産が大きく毀損してしまう可能性があります。長期で強固なポートフォリオを構築するためには、「ポートフォリオ内の各アセットのリスクを均一にする」必要があるのです。

では、「リスクを均一にする」にはどうすればいいのでしょうか。まず投資先を

  1. 国内株式
  2. 先進国債券
  3. 先進国株式
  4. 新興国債券
  5. 新興国株式

の5つに分けます。海外を先進国と新興国に分けたのは、先進国と新興国のアセットでは、それぞれリスクが違うからです。

仮に、投資元金を100万円、それぞれの投資対象がこの20年程度のなかで、平均的な値動きとなったとします。この場合、

  1. 国内株式=17万円
  2. 先進国債券=38万円
  3. 先進国株式=12万円
  4. 新興国債券=23万円
  5. 新興国株式=12万円

と分散して投資することで、各アセットのリスクが均一になり、長期で安定して資産を運用できる、強固なポートフォリオを形成することができます。2022年12月13日に出版した、ウェルス・グローバル・アセットマネジメントCEOの長谷川建一さんと私との共著『世界の富裕層が実践する投資の鉄則』の中で、もう少し詳しく説明していますので、気になる方はお手に取ってみてください。

「国際分散投資をしていれば安全」ではない

「国際分散投資をしていれば安全」というわけではありません。ざっくり言ってしまうと、先進国株式や新興国株式などハイリスクなアセットへの投資を増やせば、そのポートフォリオのリスクが上がり、反対にローリスクなアセットを増やしすぎてしまうと、当然、将来得られるリターンは減ります。強固なポートフォリオを構築するには、リスクとリターンのバランスを考えた投資戦略が必要ということです。

前述した「100万円の分散例」は、ポートフォリオ内のリスクを均一にした場合の投資金額ですが、ここからは個人のビュー(見通し)によって、投資の割合を調整していきます。これから国内株式が強いと判断するなら、国内株式への投資比率を増やす。あるいは、これから株式のリスクが高まると判断するなら、株式への投資比率を下げ、債券への比率を上げる。このように、ポートフォリオに個人のビューを反映させることで、よりリスクを抑え、期待リターンを高めることが可能でしょう。そのためには、世界経済や金融市場の情勢に気を配っておく必要があります。多くの時間を割いて日々研究、分析する必要はありませんが、世界でいま何が起こっているのか、金融市場はどう動いているのかなど、大きな流れは把握しておきたいところです。

魅力的な投資テーマ、企業を探す

国際分散投資は、個別銘柄ではなく、投資信託やETF(上場投資信託)でも構いません。投資信託の場合は他の類似商品と比べて、信託報酬などのコストが高かったり、純資産総額が極端に小さかったりする銘柄は避けるべきだと考えます。

ただ、日本株については投信やETFへの投資では物足りない方もいるのではないでしょうか。自分でテーマを選び、将来的な成長が期待できる個別銘柄を探すことで、大きなリターンを狙うことが株式投資の醍醐味と捉える投資家も、一定数いることでしょう。

私が魅力的と考えるのは、「世の中にはびこる社会問題や構造問題を解決に導く」というテーマ。世界は環境問題や食糧問題、人口問題など、数多くの問題を抱えています。これらの問題は密接に関係していて、人類が恒久的に取組む問題と言っていいでしょう。

もちろん、これら問題を一気に解決する方法などないでしょう。しかし、問題の一部でも解決に向かわせる、もしくは問題を軽減させることができる企業であれば、中長期的な成長が期待できると考えています。また、経済や産業構造の変化の中で中心的な役割を果たせるか、海外で通用するビジネスモデルを構築できているかどうかもポイントです。「問題解決にまったく貢献しない」「海外展開ができていない」ようでは、長期で大きな成長を遂げるのは難しいと考えています。

現在、世界は数多くの問題を抱えています。また、ここまで述べてきたように、世界の経済や産業の構造が大きく変わる過渡期でもあります。つまり、ここからそれらの問題を解決に向かわせ、かつ中心的な役割を果たす企業が誕生する可能性が十分にあるということです。

すべての産業がその可能性を秘めていますが、私はヘルスケアや農業などの分野でそうした企業が誕生する可能性が高いと見ています。ヘルスケア産業では医療機関中心のビジネスモデルから患者(顧客)視点への産業構造への変化、農業分野では食糧危機や環境問題の観点から、産業構造の変革がそれぞれ必要だからです。ただし、世界で活躍するにはITが必須。「ヘルスケア×IT」「農業×IT」など、根本にあるテーマとITを掛け合わせて成長する企業に注目すべきだと考えています。

もちろん、これ以外にも魅力的なテーマがあるはずです。そのテーマを見つけるためには、社会や産業の変化や世界にはびこる問題を意識し、継続的に情報を取得する姿勢が重要です。これらの視点を身に着け、将来有望な銘柄を発掘できれば、資産を効率的にふやすことができるのは言うまでもありません。

河野眞一(かわの・しんいち)氏

河野眞一(かわの・しんいち)氏

河野眞一(かわの・しんいち)氏

株式会社エリュー代表取締役CEO
イギリスの大学で数学や計量経済学を学び、卒業後、第一證券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。先物・オプションなど派生商品のプライシングモデルの構築や、株式ポートフォリオのIR最大化システムの開発などを手掛ける。その後、外資系証券などを経て、2000年から活動の場を投資銀行から運用業界に変更するためにメリルリンチ・インベストメント・マネージャーズに入社。リスク分析部や新商品開発部の統括責任者を務める。2006年、メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズを買収したブラックロック・ジャパンに移籍。ブラックロックにて、APAC(Asia Pacific)のリスク分析部の統括責任者を経て、ブラックロック・ジャパンの最高投資責任者(CIO=Chief Investment Officer)に就任。2016年4月、地方経済活性化、中小企業の業務改善、企業のスタートアップ、および投資・運用業務などに係る支援事業を手掛ける株式会社エリューを設立し、現職。様々な地域や企業の革新をサポートしている。新著に「世界の富裕層が実践する投資の鉄則」(扶桑社)。

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