伝説の編集長・山本隆行氏が語る活用術(上) 四季報の独自予想はこうやって決まっている!

2023/3/31

投資対象の銘柄を探すときだけではなく、就職活動中の学生の間でも活用されている「会社四季報」。全上場企業の業績、財務、株価などのデータを網羅した株式投資のバイブルとして知られています。その伝説の編集長として、現在も企業・マーケット分析に携わっているのが山本隆行氏。記者・編集者として約30年にわたって何千回もの取材活動を経験した同氏だからこそ熟知する会社四季報の活用術とは?インタビューの内容を2回に分けてお届けします。初回となる今回は会社四季報の主な特徴について語ってもらいました。

記者が取材した業績記事には投資のエッセンスが凝縮

――まず会社四季報の概要を簡単に教えてください。

会社四季報が創刊されたのは1936年(昭和11年)。陸軍の青年将校が起こしたクーデター未遂事件である2.26事件が起こった年です。創刊当時は実は手のひらサイズのコンパクトなものでした。上場企業の増加に伴いページ数が増えて冊子が厚くなってきたことで、綴じ込むために現在のサイズになりました。会社四季報の用紙は薄さと軽さを保ちつつ、文字が裏映りしない特殊な用紙が独自に採用されています。

内容は、上場企業の予想を含めた業績や財務、株主構成、株価などの各種データを銘柄ごとに掲載しています。1冊に全上場企業のこれだけのデータをまとめたものは世界でも類がありません。ちなみに、会社四季報の姉妹版として「未上場会社版」「米国会社四季報」「役員四季報」などもあります。

――「四季報」の名の通り年4回、発行されていますね。

12月発売の「新春号」、3月発売の「春号」、6月発売の「夏号」、9月発売の「秋号」がそれぞれ月の中旬に発売されて、書店の店頭に並びます。気付かれている読者も多いと思いますが、「新春号」はおめでたい赤色、「春号」は若草が芽吹く緑色、「夏号」は海と快晴の青色、「秋号」は紅葉のオレンジ色と、それぞれ表紙のイメージカラーが統一されています。また、「冬号」ではなく「新春号」となっているのは、相場に寒々しい「冬」をネーミングするのを控えて「新春号」としたと考えられています。

――ページの内容ですが、企業の個別データが凝縮されています。

1ページに上下1社ずつの2社が掲載されています。一見すると複雑に見えますが、大まかに7つのブロックに分かれています。これをAからGに分類すると、次のようになります。

A…【会社概要】決算期、設立・上場年月のほか、事業の特色、連結事業、海外売上比率
B…【業績動向】記者の業績コメント、直近の事業展開や材料
C…【株主構成】大株主と保有株式、保有株式比率や外国人・投信の持株比率、役員、連結会社
D…【財務指標】総資産、有利子負債、設備投資、減価償却、キャッシュフロー、発行済株式数
E…【資本政策】直近の資本異動や株価の高安、配当性向、増減配回数、比較会社
F…【上場概要】本店所在地、従業員数、年収、幹事証券、主要取引先
G…【業績推移】過去数期分の業績と2期分の独自業績予想、配当推移と配当利回り

さらに、欄外には編集部による「前号比増額」「会社比強気」などの業績修正マークを記載しています。ちなみに、会社四季報予想と会社計画に差がある場合は、明暗の表情を持つニコちゃんマークが1つもしくは2つ付きます。このほか、ページ上段には約3年半分の株価月足チャートと予想PER(株価収益率)や実績PBR(株価純資産倍率)などの株価指標データが掲載されています。

200人体制で制作、投資家目線を重視した編集方針

――これだけの上場企業のデータを網羅するためにはかなりのマンパワーが必要だと思います。

取材や執筆を担当する記者と記者を経験した編集者が約120人います。このほか、データ担当の部隊を合わせると延べ200人程度が制作に関わっています。ちなみに、東洋経済新報社で記者と呼ばれる社員は必ず会社四季報に携わります。

記者は2、3年おきに担当する業種(企業)が変更になります。一つの業界や企業分析に特化するアナリストと大きく違う点です。2、3年で担当がチェンジするとなると、その業界についてようやく熟知してきたところで記者が代わることを危惧されるかもしれませんね。

しかし、こうすることで企業との癒着を防ぐ狙いがあります。また、このパターンで20年間記者を続けると約10業種を担当することになり、記者が経済について語れるようになるわけです。「企業については語れるけど、経済は語れない」という記者を会社四季報編集部では育てないようにしています。

記者が担当する最初の業種は、食品や医薬品といった単品を扱う業種です。比較的、為替動向や市況に左右されにくい企業・業種をまず担当し、その後、担当業種の広がりから経験を積んで国際商品市況や原油市況、為替動向、金利政策も学んでいくわけです。10業種も経験すると経済が見えてくる記者が育っていくことになります。

――そうした成長プログラムを経た記者が、会社四季報の醍醐味でもある独自の企業業績予想を出しているわけですね。業績予想の記事はどのようなプロセスで決まっているのでしょうか。

会社予想については、きちんと説明されていれば記者の取材のうえでの数値が原則採用されます。ただ、編集部が目を通す前に我々のようなベテラン記者が事前にチェックする体制を採用しています。例えば業績が増額期待の場合、円安だから「円安効果で上振れ」ではなく「円安プラス値上げ浸透で」と言ったように、より詳しく具体的な説明を記者に求めます。あえて言えば、業績予想をズバリ当てることを記者に求めてはいません。説明不足がないこと、理路整然と説明できていることが重要なのです。そして最後に編集部の人間が読み、編集長が最終チェックする流れです。

――取材先となる企業との対話も必要となってきます。ご苦労も多いのでは?

間違いがあるともちろん企業サイドからクレームが来ることから、細心の注意を払って取材活動をして会社四季報は制作されます。かといって、会社に甘くなるようなことがあると読者である投資家に迷惑がかかります。これは避けなければなりません。私たちには説明責任があります。

編集にあたっては、各企業に株式の分布状況や役員序列など調査票への記入をお願いし、並行して取材に入ります。記者にとって取材の場はものすごく勉強になります。私自身も駆け出しの頃、バランスシートをにらみながら取材していると、会社の担当役員から「ウチの問題はそこじゃない、ここだよ」と、隠すどころか逆に教えてもらうこともありました。企業側も記者を育ててくれるのです。

もちろん対応の良い会社ばかりではありません。会社四季報に掲載される上場企業数は3,800社超にのぼり、残念ながらIRとは名ばかりで会計の基本すら理解していない担当者がいる企業もまれにあります。また、「販売価格については書かないでほしい」「値上げとは書かず、価格適正化と書いてくれ」など、価格政策にナーバスな企業もあります。リストラ問題を抱えている企業や、取引先に対して神経質な企業もあるなど、取材にあたってはさまざまな問題があります。

しかし、こうした企業サイドのハードルが存在していたとしても、投資家(読者)目線を重視する編集方針を貫いているのが会社四季報のスタンスなのです。

記者コメントはまず見出しに着目しよう

――掲載される企業ですが、個人投資家がメインプレーヤーとなっている新規株式公開(IPO)企業のデータが会社四季報では注目度が高いそうですが?

IPO企業が最初に掲載されるにあたって取材を試みると、企業側の体制が整っていないケースが多くみられます。取材に慣れていないこともありますが、取材には最小限しか答えず、「すべて決算短信に書いてある、それ以上は話さない」という企業も残念ながらあります。証券会社から来た担当者が取材窓口だと話が早い場合もありますが、株価を上げたい気持ちが先行している場合もあるため、取材にあたっては用心が必要なケースもありました。

IPO銘柄は小型株が多くアナリストのカバーが極めて少なく、判断材料が少ないことから会社四季報のデータが重要視される傾向があります。IPO銘柄への投資についても、会社四季報の記者コメントなどを参考にして、投資の参考にしてください。

――IPO銘柄に限らず、会社四季報の記者コメントは、株価に与えるインパクトが大きく、新規の手掛かり材料となるケースが多くみられます。有望株を探すうえで注目すべき点はありますか。

具体的な会社四季報を使っての有望銘柄の探し方は下編で紹介しますが、ここで一つ取り上げるならば、誰もがわかりやすい「記者コメントの欄」(前出のBブロック)における見出しに着目することが第一歩でしょう。プラスイメージの【見出し】のついた銘柄だけを拾い読みするのです。

この見出しは業績について、過去実績および四季報前号との比較から、または配当について触れた見出し付けが主流で、プラスイメージ、中立、マイナスイメージの3パターンに分類できます。プラスイメージには【絶好調】【飛躍】【独自増額】【V字回復】などがあります。

さらに、欄外の会社四季報編集部が記載する「大幅増益」「大幅強気」「会社比強気」などのコメントがダブルで加わった場合は、かなり強気の業績予想が期待できます。また、この欄外に上向き矢印とニコちゃんマークがセットで付いている場合も注目度大です。

会社四季報の1冊を隅から隅まで読破するのは至難の業ですが、こうした見出しだけを自分で抽出しておくことは、少しの時間があれば可能でしよう。

このほか、会社四季報を活用しての踏み込んだ有望銘柄の選別方法を下編で紹介します。

山本隆行

山本隆行(やまもと・たかゆき)

山本隆行(やまもと・たかゆき)

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒業。東洋経済新報社で「会社四季報」記者として多岐にわたる企業、業界を担当後、「週刊東洋経済」副編集長、証券部編集委員、名古屋支社長を経て2012年「会社四季報」編集長、2013年「会社四季報オンライン」の立ち上げに伴い初代編集長に就任。2019年4月からは編集局会社四季報センターのシニアスタッフ。主な著書に「伝説の編集長が教える 会社四季報はココだけ見て得する株だけ買えばいい」(東洋経済新報社)。

関連記事

本サイトの記事は情報提供を目的としており、商品申込み等の勧誘目的で作成したものではありません。
また、商標登録されている用語については、それぞれの企業等の登録商標として帰属します。
記事の情報は当社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その確実性を保証したものではありません。
記事は外部有識者の方等に執筆いただいておりますが、その内容は執筆者本人の見解等に基づくものであり、当社の見解等を示すものではありません。
なお、記事の内容は、予告なしに変更することがあります。

有価証券投資のリスクおよび手数料等について

有価証券投資にあたっては、さまざまなリスクがあるほか、手数料等の費用がかかる場合がありますのでご注意ください。

投資に係るリスクおよび手数料等