馬渕磨理子の世界経済先読み術(4) 「植田日銀」で当面は円安?

2023/4/28

著者/馬渕磨理子

「日本一予約が取れない経済アナリスト」として知られる馬渕磨理子さんが、日米の経済情勢や株式相場の動向、資産運用などについて、ここまで3回にわたってお届けしてきた連載企画。最終回となる4回目は、日本銀行の新総裁に就任する植田和男氏の人物像に迫るほか、投資の心構えや適切な長期投資の方法など、個人投資家が知っておくべきことについてお話しします。

本稿は2023年3月上旬に寄稿されたものです。

新しい日銀総裁はどんな人物?

前回は、為替相場について、「米国の経済指標が強すぎるため、利上げが継続される可能性が高まってきたことで円安・ドル高方向に動きやすい」という、“米国側の事情”についてお話しました。これとは別に、日本国内の事情を考えてもやはり円安に振れやすい状況になってきました。

4月8日に「異次元の金融緩和」政策を続けてきた黒田東彦(はるひこ)総裁の任期が切れ、新たな日銀総裁に東京大学名誉教授で経済学者の植田和男氏が就任します。植田氏は過去に日銀の審議委員*1を務めた経験はありますが、学者出身の総裁は過去に例がなく、サプライズ人事と言えるでしょう。

海外では、植田氏について「非常に優秀なマクロ経済学者で、“日本のバーナンキ”である」などと評されているようです。バーナンキ氏は米国の経済学者で、2006年から2期8年にわたって米連邦準備理事会(FRB)の議長を務めた人物です。2008年のリーマンショック時には、柔軟かつスピーディーに金融緩和策を講じ、米国経済をいち早く立ち直らせた辣腕で名を馳せました。

一方の植田氏は、1998年から2005年にわたって日銀の審議委員を務めていました。1999年に政策金利をゼロにする、いわゆる「ゼロ金利政策」を導入した際、金利の低下を実現するためのアイディアを出すなど同政策に大きく携わった経歴を持っています。

昨年7月、植田氏は日本経済新聞のコラムで次のような趣旨のことを述べています。

インフレ率2%の持続的な達成にはほど遠い状況で、拙速な金融引き締めは避けるべきだ。世界経済の減速が金融政策変更の重荷になる。一時的な物価上昇だとしても期待インフレ率が高まるなかで、政策金利を低く維持すれば実質金利は低下し、金融緩和の効果を高められる
参考:植田和男「日本、拙速な引き締め避けよ 物価上昇局面の金融政策」日本経済新聞,2022年7月6日

さらに、植田氏の過去の論文やコラムなどをさかのぼって目を通してみたところ、2006年のレポートで、米国では経済学者が政策決定に積極的に関わっていることを取り上げ、「わが国の現状は、アメリカ大リーグと日本のプロ野球くらいの差がある」と、経済学者としての日米の立場や質の違いに忸怩(じくじ)たる思いを打ち明けていました*2。このレポートからはゼロ金利政策を敷く当事国の経済学者として、米国の経済学者に負けてなるものかという情熱やプライドが垣間見えます。

その植田氏は、2月の国会での所信聴取において「現在の日銀の金融政策は適切だ」と発言しました。総裁就任後もしばらくは現在の金融緩和政策を続けることが予想されます。昨年12月に黒田氏が長期金利の変動幅の上限を引き上げた際、「近い将来金融緩和が修正され、金融引き締めに向かう」との見方が市場に広がったことで円高・ドル安が進みました。もし日銀が金融引き締めに打って出れば、日米の金利差が縮小する可能性が高まるからです。

しかし、植田氏が就任後しばらくの間、現在の金融政策を維持するのであれば、日米金利差の縮小観測は後退します。植田氏の直近の発言を額面通りに受取ってよいのかという懸念はありますが、目先の為替相場は日米双方の事情から、当面は円安・ドル高方向に進みやすい状況が続く可能性が高いでしょう。

ちなみに、植田氏は前述のレポートの最後で「将来的には政策決定のシーンにおける学者の参加や、参加する学者の質の向上があるはずだ」といった趣旨のことを述べています。それから17年後の2023年、植田氏は金融政策を決定する立場のトップに立つことになるわけです。植田氏には量的金融緩和の出口政策やその後の利上げ政策など、非常に難しい舵取りが求められるでしょう。しかし私は植田氏が2006年当時の情熱を持って難局に立ち向かい、日本経済を適切な方向に導いてくれることを期待しています。

  1. *1 日銀の最高意思決定機関である政策委員会のメンバー。金融政策決定会合では、総裁と2人の副総裁および6人の審議委員による多数決で金融政策を決定します。
  2. *2 植田和男「政策決定と政策分析の間」『公共政策研究』第6号,日本公共政策学会,2006年12月,pp.3-4

個人投資家の資金が中小企業の成長につながる

話はガラッと変わりますが、ここからは個人投資家の方々に向けて、私が考える経済の勉強の仕方や、適切な資産運用の方法などについて述べたいと思います。この連載の3回目で「今後の米国経済や相場の動向を知るには、『雇用』『景況感』『物価』の3つをチェックすべきである」とお話ししました。もちろん、ほかにも重要な経済指標はありますが、そのすべてを把握しようとするのは困難です。この3つをチェックしておけば、大局観や方向性を誤ることはないでしょう。

投資の勉強にも似たようなことが言えます。投資に必要なすべての情報を自分だけで調べ、分析しようとすると、いくら時間があっても足りません。そのため、調査や分析は専門家の手にゆだねてしまうのも一手です。私は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ投資ストラテジスト・藤戸則弘氏が毎週発行するレポート、いわゆる「藤戸レポート」を8年以上にわたって読んでいます。その圧倒的なデータ量と分析の鋭さは、経済や金融市場の動向をつかむうえで大いに参考になるはずです。藤戸レポートのおかげで現在の私があると言っても過言ではないかもしれません。藤戸レポートは三菱UFJモルガン・スタンレー証券で口座を開設すれば、無料で読むことができます。

  1. 藤戸氏は2023年6月27日付で退任いたしました。これに伴い、藤戸レポートのご提供も終了しております。

もちろん、ほかにもさまざまな論文やレポートに日々目を通すようにしています。一人の専門家の手に判断をゆだねてしまうと、自分の投資行動にもその人の考えのバイアスがかかってしまうため、数人の専門家の調査や分析に目を通すべきでしょう。複数の専門家の考え方を知ったうえで、最終的には自分の判断で意思決定することも大切です。

現在は、ロシアによるウクライナ侵攻が続いていることはもちろん、米中の覇権争いが激化しており、世界中で地政学的リスクが高まっています。欧州経済は2022年に続き厳しい状況であり、欧州発の金融ショックが起こる可能性もあるでしょう。新興国では大幅な利上げの反動が起こる可能性もあります。このように目先は波乱要素が少なくないため、「何が起こっても不思議はない」と考えておく必要があるでしょう。

とはいえ、資産運用の観点から考えると、目先のイベントにそこまで身構える必要はありません。前述の要因で相場が一時的に下振れすることはあっても、長期的に見れば、世界経済は着実に成長していくと思われるからです。資産運用では「長期」「国際分散」「積立」の3つが重要ですが、過去の実績から見ると、定期的な積立投資に加えて、相場が大きく下がった時にコツコツと買い増していけば、きっと大きな資産をつくり上げることができるはずです。

私は時価総額の小さな企業や中小企業の経営者のお話を積極的に聞くようにしています。IT企業を中心に、成長へのエネルギーに満ちた中小企業やスタートアップが非常に多いというのが正直な感想です。政府も中小企業やスタートアップに対して手厚い支援策を講じており、今後は中小企業の中から、社会に対して大きな影響を与えるような大企業が誕生すると考えています。その点では、資産運用のポートフォリオの中に、中小型株に投資する投資信託を組み入れてもよいかもしれません。中小企業に個人投資家の資金が回ることで、その企業がより成長し、それが日本経済の活発化にもつながる「好循環」が期待できるでしょう。

馬渕磨理子

馬渕磨理子

馬渕磨理子

日本金融経済研究所代表理事
京都大学公共政策大学院 修士課程を修了。トレーダーとして法人のファンド運用を担う。その後、金融メディアのシニアアナリスト、日本クラウドキャピタルのECFアナリストなどを経て。2022年に一般社団法人日本金融経済研究所を設立。代表理事を務める。また同年、ハリウッド大学院大学の客員准教授に就任。経済アナリストとして、関西テレビ、読売テレビ、BSテレビ朝日、日経CNBC、NewsPicks、ストックボイス、プレジデント、ダイヤモンド、SPA!など多数のメディアでコメンテーターや執筆活動を行う。フジテレビLiveNEWSαにレギュラー出演中。「経済がより良い方向に向かうために必要なこと」「企業IRのあり方」などについて、メディアを通して提言。著書に『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』(ダイヤモンド社)、「京大院卒経済アナリストが開発!収入10倍アップ高速勉強法」(PHP研究所)ほか。

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