ESG Stories

証券会社の社員一人ひとりが
ESGに対する感度を
高めていくことは非常に重要なポイント

2024年10月31日

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今、多くの企業が「サステナビリティ経営」「ESG経営」を掲げるようになっています。そのような状況に先駆けて「金融機関、証券会社は大きな役割と責任を負っている」と指摘してきたのが、 環境省や厚生労働省、農林水産省のESG関連専門家会議の委員等を務める、夫馬賢治さんです。今回は夫馬さんに、ESGの推進において証券会社の果たすべき役割や、 これからの三菱UFJモルガン・スタンレー証券にどのようなことを期待するかについて、お話を伺いました。

社会・環境課題の解決、ESGの進展は、
金融機関がどうファイナンスしていくかに懸かっている

環境や社会、ガバナンスのあり方が変化していく中で、その長期的なメガトレンド(巨大な潮流)に目を向け、リスクと機会を見定めて正しい経営をしていこうというのが、 ESG経営の本質です。多くの企業がESG経営にシフトし、これまでやってきたことの延長線ではなく、バックキャスティングをしながら自社のビジネスの組み替えに取り組んでいます。

こうしたESGへのシフトで最も重要なプレイヤーは、金融機関です。これには2つの意味合いがあります。
社会課題・環境課題を解決するには莫大な資金を必要としますが、政府の予算だけではまったく足りません。民間の資金も集めて必要なところへ供給していく必要がありますが、 その役割を担うのは金融機関です。ESGの進展は、社会課題解決に振り向ける資金を金融機関がどうファイナンスしていくのかに懸かっているのであり、ここに金融機関の役割の重要性があります。

金融機関のもう一つの重要な役割は、業種・業界を超えたエンゲージメントです。社会課題・環境課題の解決に取り組むと、一つの企業ではできない、一つの業界ではできないという壁に直面します。 では、誰が俯瞰して課題を認識し、誰が業種を超えてエンゲージメントできるのかというと、それは、多様な業種・セクターに対してファイナンスを行っている金融機関しかないのです。

今、各国政府、国際機関といった世界の公共セクターに所属する多くの人々が「金融機関が鍵を握っている」と語っています。こうした時代の動向を正しく捉え、 金融機関自身が従来型の経営からESGを重視した経営に転換していくことが求められています。

証券会社の皆さんが時代の変化に対応していなければ、
日本のお金は正しい方向に流れていかない

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ここまで「金融機関」の役割について述べてきましたが、金融機関の中でも「証券」は、特に重要な立ち位置にあります。

バブル崩壊後の金融ビッグバン以降、日本では、融資を中心とした間接金融から株式や債券を中心とした直接金融への移行が進んできました。特に上場企業の経営者にとって 株主とのコミュニケーションを重視しなければならない状況となったわけですが、上場企業のCEOやCFOが株主に向けて語りかけるとき、その説明を聞いているのは実際の株主ではありません。 日本の場合、決算説明など株主向けの会合に出席する大半は、証券会社のアナリストです。現状、株主の声を代弁しているのは、証券会社なのです。

ですから、株主重視の経営が志向される中、証券会社が上場企業に対し何を言うのか、何を尋ねるのかが、日本の企業経営を大きく左右していきます。 このとき、証券会社の皆さんのアップデートのレベルが時代に追い付いていなければ、間違ったメッセージを経営者に伝えてしまうことになります。 その意味で、証券会社の皆さん、経営陣だけでなく社員お一人おひとりが、ESGに対してどういう感度を持っているのかは、非常に重要なポイントです。

同様に、企業が株式を発行したり債券を発行したりする際、あるいは、個人投資家や機関投資家が投資判断をする際、証券会社が行うアドバイスや提案が、 意思決定を左右するということはよくあります。証券会社の皆さんが時代の変化に対応していないと、日本のお金は正しい方向には流れていかないです。 それほど大きな役割と重い責任を、証券会社は担っていると言えるでしょう。

スタートアップこそ多様であるべき
三菱UFJモルガン・スタンレー証券のスタートアップ支援には大きな意味がある

もうひとつ、証券会社が重要な役割を果たさなければならないのが、スタートアップ企業の育成です。

日本の場合、スタートアップ企業に対する資金は資本市場からではなく、主に事業会社や、富裕層によるエンジェル投資のような形で提供されているというのが現状です。 世界中でスタートアップの育成が大事だと言われている中で、メインストリームである年金基金や保険会社、大学基金などの機関投資家の資金をいかにスムーズにスタートアップ市場に供給していけるかが、 今後、各国でのスタートアップ企業成長の鍵になってきます。

そのとき、スタートアップ企業と投資家のコミュニケーションを担うのも、証券会社の重要な役割となっていきます。スタートアップ企業は、より速くグロースしていくため、 IPO前の資金調達のタイミングから、多くの出資を呼び込みたいと思っているわけです。証券会社の皆さんには、IPOのもっと以前の時点からイノベーションを起こすスタートアップ企業を 積極的に発掘し、機関投資家との橋渡し役を担うことが、期待されています。

その点で、モルガン・スタンレーのノウハウを活用し三菱UFJモルガン・スタンレー証券(以下、MUMSS)が立ち上げたスタートアップ伴走プログラム「JIVL」は、私は大いに期待していますし、 重要な動きだと思っています。

「JIVL」はシード、アーリーステージ企業に対する支援プログラムですが、先ほど申し上げたように、早い段階で資金調達の橋渡しを含むさまざまな支援が届くことは非常に大事なことです。

もう一点、「JIVL」が、女性や外国籍の方など多様性を重視した支援プログラムになっていることも、大きな意味があります。多様性の高い組織であるほどイノベーションがより多く生まれ、 加速していくということは、すでに多くの研究によって明らかになっています。スタートアップ市場全体をさらに大きく伸ばしていくためには、 同時に、スタートアップ経営者の多様性を早くから広げていくことが重要です。そうすることで、日本にもっとユニークなイノベーションやビジネスモデルが出てくるでしょう。 多様性に焦点を当てたことは、とても良いことだと思います。

MUMSSには、「JIVL」以外にも、モルガン・スタンレーが蓄積したノウハウ、知見を活用した素晴らしいESG施策を、どんどん展開していってほしいと思います。

社員をエンゲージメントし、知見を高めることが
日本の経済と社会を必ず良くしていくはず

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私は、「ESG経営」の本質は、「バックキャスティングによる長期経営」だと考えています。 これまでの積み上げでは新しい未来が描けなくなっている今、企業は、10年後、20年後のあるべき姿を示し、大胆な目標を達成してくためには足らないものは何か、 足らない部分を埋めるために何をすべきかを意識した経営をしていくことが求められています。
例えば、カーボンニュートラルであるとか、ジェンダー平等であるとか、従来のやり方では達成できないような未来の目標を社会や従業員に示した上で、 そこに向かって今から何をなしていくべきかに注力する。それが、長期経営であり、ESG経営です。

こうした視点に立って考えたとき、従業員が単に顧客に寄り添うだけでいいのかは、私には疑問です。例えば、顧客が証券会社に期待しているのは、 「言ったことを早くやってくれる存在」ではなく、同様にESG経営を進めることに悩みを抱えている顧客の経営者に対し、経営の指針を示したり、 投資家の視点から見た事業開発の方向性を伝えたり、そのような相談に乗ってくれる存在なのではないでしょうか。
今は、寄り添うことよりも、長い目で見てどこに向かうべきかを、幅広い専門的知見に基づいたアドバイスが求められている時代だと感じています。

その意味で、MUMSSがESGの取り組みにおいて「社員のエンゲージメント」を重要テーマの一つに位置付け、社員一人ひとりのESGプロフェッショナル化を進めていることは、 戦略的に正しく、非常に意味のあることだと思っています。
機関投資家、個人投資家、企業や公的機関の発行体など、証券会社は多様な顧客と向き合っています。会社が社員をエンゲージメントし、証券会社の社員一人ひとりがESGに対するナレッジ、 知見を高めていくことが、日本の経済と社会を良くしていくことに必ずつながっていくはずです。

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夫馬 賢治さん

夫馬 賢治(ふまけんじ) 株式会社ニューラル代表取締役CEO。信州大学グリーン社会協創機構特任教授。サステナビリティ経営、ESG金融アドバイザリー会社を2013年に創業し、現職。 東証プライム上場企業や大手金融機関の社外取締役やアドバイザーを務める。スタートアップ企業やベンチャーキャピタルの顧問のほか、 環境省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省のESG関連の多くの審議会、委員会で委員にも就任している。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。 著書に『データでわかる 2030年 雇用の未来』等。ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。 東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。